やったこと
会社という迷宮を読み進めた。
「価値観を形にする活動や製品、サービスで周囲を巻き込んでいくのが事業である」と言う話を読んだ。
わかったこと
価値観があることが前提にある
この定義が確かだとすると、事業は価値観があることが前提にある。なので事業は価値観がないと始まらない事になる。何らかの価値観が存在することが前提にある。
「事業は活動や製品から始まるのではない」とも言える。管理人は、活動や製品を作るところから事業が始まると思っていた節があるので、これは勘違いとも言えるように思った。
活動や製品、サービスが目的ではない
「活動や製品、サービスを実現するために、事業を行う」ではなくて、「何らかの価値観を体現するために、活動を行ったり製品開発を行ったり、サービスを開発して提供していくのが事業」だとすると、活動や製品、サービスのいずれかは目的ではなくて手段である。
あくまで、価値観を体現することが目的になる。どんな価値観があるのか、を大切にしないと話がぐらぐらしてしまう。
価値観を体現する手段が活動や製品、サービスである
繰り返しになるが、価値観を体現する手段が活動や製品、サービスになる。なので、同じような活動をしていたり、同じような製品やサービスを提供していても、些細な判断やリソースの配分に価値観が出る。
だから、事業は変わる。
価値観がないと事業は始まらない?
価値観を体現するのが事業なので、価値観がないと事業は始まらない。価値観は簡単に持てるものではなくて、経験を積んで生まれるものだ。だから、経験を積まないと事業をはじめられない。
でも、人生経験がないうちに事業を始めた人がいるように思う。どうなっているんだろう?と思ったが、よく考えたら自分の価値観に従って経営や起業したのではなくて、歴史の流れや社会の流れに従って起業したのだろう、と思う。
起業で成功するためには、それも悪くないのかもしれない。ただ、企業家が幸せなのだろうか?と言うのはよくわからない。
「自分の価値観に従って起業して失敗する」と、「世の中の価値観に従って起業して成功する」だと、後者の方が幸せな可能性がある。
ただ、「自分の価値観に従って起業して成功する」と、「世の中の価値観に従って起業して成功する」だと、前者の方が幸せなように見える。後者だと、その後にもう1段階、自分の価値観をなんらかの方法で表現したくなるように思う。もしかしたら、起業家が投資家になるのはその流れなのかもしれない。
これから
管理人の場合は、「自分の価値観に従って起業して成功する」を目指していきたい。
自分の価値観が何なのか、を理解するための経験や素材は身の回りにたくさんあると思っているが、自分の価値観を自分自身が理解し説明できる状態になっていない。(と思う。)
このブログは、その探索や説明の練習の場として利用していきたい。